正信偈の意味 メニュー
あなたは親鸞聖人が
何を教えられたかご存じですか?
正信偈は、親鸞聖人90年の教えを圧縮し、
保ちやすいように歌の形で書き残されたものです。
では親鸞聖人90年のご生涯、一体何を教えていかれたのでしょうか。
親鸞聖人は、
「万人共通の生きる目的は、苦悩の根元を破り、
”よくぞ人間に生まれたものぞ”
の生命の大歓喜を得て、
永遠の幸福に生かされることである。
どんなに苦しくとも、この目的果たすまでは生き抜きなさいよ」
と教えてゆかれました。
その、親鸞聖人の一生涯の教えは、
主著「教行信証」にすべて書き残されています。
教行信証に解き明かされる生きる意味
親鸞聖人の教えられたことは
私たちの本当の生きる目的、生きる意味一つでありました。
主著の「教行信証」の最初と最後には、
親鸞聖人ご自身が生きる目的を果たされた
喜びが記されています。
教行信証の冒頭
ああ、幸せなるかな親鸞。
なんの間違いか、毛頭遇えぬことに、今遇えたのだ。
絶対聞けぬことが、今聞けたのだ。
釈迦が、どんなすごい弥陀の誓願を説かれていても、
伝える人がなかったら、
生きる目的果たすことはなかったに違いない。
ひろく仏法は伝えられているが、
弥陀の誓願を説く人は稀である。
その希有な、弥陀の誓願を説く
印度・中国・日本の高僧方の教導に、
今遇うことができたのだ。
聞くことができたのだ。
この幸せ、何にたとえられようか。
どんなによろこんでも過ぎることはない。
なんとか伝えることはできないものか。
(教行信証総序)
教行信証の最後
よろこばしきかな。
心を不倒の仏地に樹て、
不思議の世界に生かされた親鸞は、
なんと幸せ者なのか。
ますます如来の慈愛の深きを知らされ、
師教の高恩を仰がずにおれない。
限りなきよろこびは、
返し切れない報恩に親鸞を泣かす。
この弥陀の大恩を念う時、世間の恥辱など、
ものの数ではありえない。
この書を読む人には、信ずる人もあろう。
そしる者もいるだろう。
いずれも、それを因とし縁として、
仏教の救いに遇い、
未来永遠の幸福を獲得してもらいたい。
そう念ずるばかりである。
(教行信証後序)
親鸞聖人に学ぶ生きる意味
このように「よろこばしきかな」で始まり、
「よろこばしきかな」で終わる教行信証には、
親鸞聖人が一生涯教えられた本当の生きる意味一つが記されています。
その親鸞聖人が一生涯教えられた生きる意味を
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